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高麗人参の起源について


高麗人参。
日本名を、「オタネニンジン」と言います。
なぜ、「オタネニンジン」と言われるようになったのか?
高麗人参は、中国、朝鮮半島、ロシアで自生していた植物だったのですが、
昨今は、日本でも栽培されるようになり、日本で栽培されたものを、
「オタネニンジン」「御種人参」と呼び、朝鮮半島やロシアで栽培されたものは、
高麗人参と呼ばれるのです。

では、なぜ、「オタネニンジン」「御種人参」と名称が付けられたのか?
徳川家康が、高麗人参の栽培の研究を始め、8代将軍吉宗の時代に完成した
栽培方法は、徳川吉宗の計らいで、各大名に推奨されました。
吉宗が、対馬藩に命じて、朝鮮半島で種と苗を手に入れさせ、
その高麗人参の種を、各大名に与えたので、「オタネニンジン」「御種人参」と
呼ばれるようになったとのことです。
この「オタネニンジン」は、今でも、福島、長野、島根などの各地で栽培されており、
エキス、サプリメント、酒、茶、ドリンク剤などの原料となっております。

面白い話があります。
あの世界的にも有名な、黒澤明監督の映画に、高麗人参が登場するのです。
黒澤監督の"デルス・ウザーラ"というノンフィクション映画で、
東洋人デルス・ウザーラは、山奥に自生する高麗人参の猟師という、
設定になっているのです。
この映画は、1975年公開の、ソ連と日本の合作映画となっておりました。
このノンフィクション映画の原作は、『シベリアの密林を行く』だそうです。
興味のある方は、探してみて下さいね。

野山に自生する高麗人参の中でも、樹齢100年の山参といわれる高麗人参は、
難病治療効果に、延命効果があるといわれており、ナント、数千万円もの高額な金額で、
取引きされることもあるのだそうです。
そんな古い時代から、高麗人参の効能は、その時代に住む、
人々に認識されていたという証拠でもありますね。

また、人参と呼ばれたのは、枝分かれした根が、人間の姿に似ていたから、
そう呼ばれるようになったと、言われております。

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